「ポンプを交換してもらった翌日、水が出なくなった」
「業者は経年劣化だと言うが、工事の前までは普通に出ていた」
井戸の設備工事では、こういう相談が定期的に入ってきます。しかもこれ、どちらか一方が悪いという話に、なかなかならないのが厄介なところです。
この記事では、老朽化した井戸設備の工事でよく起きる「もらい事故」の構造と、発注者・施工業者の双方が揉めずに済ませるための段取り、そして実際に揉めてしまった後の収め方を整理します。
※本記事に登場する事例は、複数の案件に共通するパターンを再構成したものです。金額は相場感を示すための概算で、特定の案件のものではありません。
触っていない部品が壊れるのは、実はよくある
まず、発注者側の方に知っておいてほしいことがあります。
老朽設備の工事で、施工した箇所ではない周辺部品が壊れるのは、業界では日常茶飯事です。
井戸まわりでいえば、代表的なのはこのあたりです。
- 仕切弁・ボール弁:何年も全開のまま動かしていない弁は、内部で固着しています。工事のために久しぶりに閉めて開けると、弁体が落ちたり、シート面が切れて止まらなくなったりします
- ねじ込み継手:ネジ部が痩せている状態で揚水管を吊り込むと、その振動だけで漏れ出します
- フランジのパッキン:一度ボルトを緩めると、元のパッキンはまず再使用できません
- 圧力タンク・逆止弁:ポンプを入れ替えて運転条件が変わった途端に、限界だった部品が音を上げます
共通しているのは、事前の目視では判断できないという点です。地中に埋まっている、保温材が巻かれている、そもそも内部は分解しないと見えない。「工事前に点検しておけばよかったのに」というご指摘はもっともなのですが、点検で分かるなら苦労はしていません。
20年、30年と動いてきた設備は、動かさないことで辛うじて成立している状態にあります。そこに手を入れる以上、周辺部品が連鎖的に音を上げるリスクは常についてまわります。
業者と発注者、どちらの言い分も正しい
さて、実際に壊れた後です。ここから話がこじれます。
発注者の言い分
工事の前までは正常に水が出ていた。工事の後から出なくなった。原因は工事以外に考えられない。
業者の言い分
あの弁はもともと寿命が来ていた。たまたま我々が触ったタイミングで限界が来ただけで、施工に落ち度はない。
私は発注側で困っている現場も、施工側で理不尽を感じている業者さんも、どちらも見てきました。率直に言って、この二つはどちらも正しいんです。
法的に見れば、争点は「請負人に注意義務違反があったか」になります。乱暴な扱いをした、必要のない操作をした、といった落ち度があれば施工業者の責任です。逆に、通常の手順で丁寧に作業していても壊れる部品だったのなら、経年劣化として発注者が負うことになります。
問題は、それを後から証明する手段がほとんどないことです。壊れた部品はすでに撤去されている。作業中の映像もない。第三者の立会もない。残っているのはお互いの記憶と主張だけ。
こうなると、責任論のメールを何往復させても結論は出ません。出ないまま、時間と手間だけが積み上がっていきます。
★プロの一捻り|揉めるのは「壊した責任」ではなく、その後の対応
ここが本題です。
私がこの手のトラブルをいくつも見てきて確信しているのは、深刻化する案件と、あっさり収まる案件を分けているのは、責任の所在ではないということです。
分かれ目は、異常が出たときに、施工した業者が現場に戻ったかどうか。ここだけです。
考えてみてください。工事直後に水が出なくなったとき、その設備を直前に触った人間以上に、状況を把握している人はいません。どこを緩めたか、何を閉めたか、どんな手応えだったか。戻って一緒に見れば、原因が30分で分かることも珍しくない。
ところが「うちの責任ではないので」と再出動を断ってしまうと、どうなるか。
- 発注者は別の業者を緊急で呼ぶしかない
- 呼ばれた第三者は経緯を知らないので、探るところから始まる
- 復旧の過程で現場の状態が変わり、原因究明は永久に不可能になる
- そして費用だけが膨らむ
「壊したかどうか」で被害額が決まるのではありません。「戻ったかどうか」で決まります。
しかも、後から責任を争うときに一番不利に働くのがここです。「壊した」ことは証明が難しいのですが、「異常の連絡を受けた後、対応しなかった」という事実は、日時が残るので簡単に立証できます。業者側から見ても、ここで断ることは自分の首を絞める行為です。
もうひとつ、根本にあるのが「工事完了」の定義の曖昧さです。多くの現場で、完了確認は「作業が終わって業者が帰った時点」になっています。しかし井戸設備で確認すべきは、規定の圧力まで上がって、一定時間連続で正常に送水できることです。ここを完了条件にしておくだけで、そもそも「翌日になって発覚する」という展開の大半は防げます。
工事代金より、復旧費用のほうが高くつく
金額の感覚も共有しておきます。以下は、この種のトラブルで発生する費用の典型的な構成です。
| 項目 | 金額の目安 |
|---|---|
| もともとの工事代金(揚水管交換等) | 約90万円 |
| 第三者業者による緊急復旧 | 約75万円 |
| 発注者側の緊急対応(人件費・仮設等) | 約40万円 |
| 緊急対応の合計 | 約115万円 |
元の工事代金を、復旧費用が上回っています。 これがこのトラブルの怖いところです。数十万円の工事で揉めた結果、その倍以上の金額が動く。
そして、これはあくまで水を出し直すためだけの費用です。ここに施設側の損失は含まれていません。
- 食品工場なら、洗浄用水が止まった時点でラインが停止します
- 病院や福祉施設なら、透析・給食・清掃がすべて止まります
- 井戸を主水源にしている施設ほど、代替手段がありません
受水槽に残った水で何時間もつか、すぐに答えられるでしょうか。多くの施設で、答えは「思ったより短い」です。
井戸設備の工事は、施設にとって計画的な断水リスクを抱え込む行為でもあります。工事の前に、止まったときに何時間なら耐えられるのか、その間の代替水源はあるのかを一度整理しておくと、業者の選定基準も、契約の詰め方も変わってきます。
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発注前に決めておく5つのこと
ここからは予防編です。発注者側・業者側、どちらから見ても有効な項目にしています。
① 着工前に、触る範囲の「周辺」まで写真を撮る
配管の全景、弁類、継手、保温材の状態。スマホで構いません。これは業者を疑うためではなく、双方を守るためです。もともと漏れていた痕跡があるなら、それも記録になります。業者側こそ、自分の身を守るために撮っておくべきです。
② 老朽部品の同時交換は、必ず見積書に載せる
「ついでに換えておきましょうか」という口頭のやりとりで済ませないこと。業者側は交換を提案した記録を残せますし、発注者側は断った判断の責任を自覚できます。提案したのに断られた記録があれば、後で壊れても話は早い。
③ 隣接部品が破損した場合の扱いを、注文請書に一文入れる
たとえばこんな文言です。
施工に伴い、既設の老朽部品に破損が生じた場合の費用負担については、双方協議のうえ決定する。
「協議のうえ決定する」と書いてあるだけで、事故が起きたときに協議の席につくことが契約上の義務になります。一方が「うちは関係ない」で降りられなくなる。これが効きます。
④ 完了確認の条件を、文書で決める
「作業終了」ではなく、通水・規定圧力・連続運転時間・立会者を決めておく。誰が、いつ、何を確認して完了とするか。ここが曖昧なまま完了サインをもらってしまうと、業者側も後で困ります。
⑤ 請負業者賠償責任保険の加入を確認する
工事業者が加入している賠償保険には、施工中の事故で第三者に与えた損害を補償するものがあります。ただし注意点があります。
加入申込書を見せてもらっても、補償内容は分かりません。 何が対象で何が免責かは約款に書かれています。よくあるのは、
- 施工ミスによる第三者への損害は対象
- 工事そのもののやり直し費用は対象外
- 経年劣化のみが原因の場合は対象外
といった線引きです。確認すべきは加入の有無ではなく、補償範囲と免責事項です。
それでも揉めてしまったときの収め方
予防が間に合わず、すでに責任論の応酬になっている場合の話をします。ここは経験上、効く順に並べています。
責任論から「費用の確定」に議題を切り替える
責任の所在を争うのをやめて、最終的に誰がいくら負担するかだけを決めるモードに移行します。目的は勝ち負けではなく、案件を閉じることです。
有効なのは、選択肢を2つ提示して選んでもらう形です。
① 費用を折半的に精算して終結する
② 双方とも追加請求を行わず終結する
弊社としてはいずれでも構いません。
こう出されると、相手も「どちらも拒否する」という選択がしにくくなります。責任を認めさせようとするより、はるかに早く終わります。
保険への事故報告を「提案」する
相手が加入している賠償保険がある場合、こう伝える方法があります。
責任の有無について双方の認識が異なっていますので、お互いの主張だけで結論を出すのではなく、加入されている賠償責任保険に事故報告をしていただき、保険会社の判断も踏まえて協議しませんか。
ポイントは、「保険で払え」と要求していないことです。第三者に判断を仰ぎませんか、という提案の形なので、相手も受け入れやすい。実際に保険が下りるかどうかは別として、話を客観的な土俵に乗せる効果があります。
感情的な文言には一切反応しない
こじれてくると、「言いがかりだ」「他社ではこんなことは言われない」「今後お宅とは取引しない」「上の方に話をさせてもらう」といった言葉が出てきます。
ここに反応してはいけません。 反論すると議題が費用から離れ、感情の応酬になります。そして相手が上役に話を上げると言ってきても、慌てる必要はありません。「ご説明は御社のご判断にお任せしますが、その前に、契約当事者として本件をどう決着されるかご回答ください」で十分です。
相手が譲歩してきたら、範囲を書面で確定させる
一番危ないのが、曖昧な譲歩をそのまま受け取ってしまうことです。
「今回の費用は結構です」と言われたとき、それが工事代金を請求しないという意味なのか、別の何かを指しているのかは、文面だけでは断定できません。ここを詰めずに終わらせると、数か月後に請求書が届きます。
必ず、こう確認してください。
「今回の費用は結構です」とのご回答について、〇月〇日実施の工事代金について弊社への請求は行わないとの認識で相違ないでしょうか。上記で相違なければ、弊社としても緊急対応費用について貴社への請求は行わず、双方とも本件に関して今後金銭の請求を行わないことをもって、本件を終了したいと考えております。
「双方とも今後請求しない」——この一文を相手に認めさせて、初めて案件が閉じます。
まとめ
- 老朽井戸設備の工事で、触っていない周辺部品が壊れるのは珍しくない。事前の目視では予見できない
- 「工事のせい」と「経年劣化」は、どちらの言い分も正しく、後から証明する手段がほとんどない
- 深刻化を分けるのは責任の所在ではなく、異常発生時に施工業者が現場に戻ったかどうか
- 復旧費用は元の工事代金を上回ることがある。施設なら操業停止の損失が上乗せされる
- 予防の要は、着工前の写真・同時交換の見積化・破損時の協議条項・完了確認の定義・保険の補償範囲確認の5点
- 揉めた後は、責任論をやめて費用の確定に議題を切り替え、「双方とも今後請求しない」を書面で取る
老朽設備の工事は、発注者にとっても業者にとっても、どこかに地雷がある前提の作業です。だからこそ、壊れたときにどうするかを、壊れる前に決めておく。それだけで、この手のトラブルの大半は起きなくなります。
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